202)19年清掃続けコロンビア大学を卒業

アメリカの名門大学、コロンビア大学で、19年間構内の清掃員をしながら授業料の免除制度を利用して勉強を続けた男性(ガッツ・フィリーパイさん52歳)が、13日、学士号を取得して卒業し、全米で話題となっています。
旧ユーゴスラビアで生まれ、32歳のとき、戦渦を逃れてアメリカに渡りました。
当時、英語が全く話せなかったフィリーパイさんは、コロンビア大学で清掃員の仕事を得たあと、授業料免除制度を利用して英語を勉強し、午前中は授業に出席、午後は11時まで掃除やゴミ捨ての仕事という生活を19年間続けた結果、このたび古典学の学士号を取得し、13日、卒業しました。
自給22ドルの中から故郷の家族にも仕送りもしているとか。
インタビューの中で「当たり前の事を当たり前にしただけです」と語り、                                           モットーは【幸せはポケットの中ではなく、心の中に】。次は修士号を狙いたいとして、このまま清掃員として大学に残り、勉強を続けるということです。 

NHKでこのようなニュースが紹介されていました。
みなさんはどのように感じますか?
素晴らしい!の一言ですよね。
名前を聞いた時
「ガッツ」さんの名前そのものだと思ったのは、きっと私だけではないでしょうね!


日本に居ると、「内戦」や「紛争」などと聞いても、身近な事だとなかなか思えないのではないでしょうか?
大変な状況であるからこそ、なお一層その意欲が湧いてきたのかもしれないとも思いました。
そして、あの有名なスティーブ・ジョブズの名言を思い出しました。
『Stay Hungry.Stay foolish.(ハングリーであれ、愚か者であれ)』
ハングリーだからこそ、それをエネルゲンとして突き進む。
例えば「なにくそ、負けてたまるか!」
そのようにしてハングリー精神が推進力となって、前進するパワーを生み出すのでしょう。

満たされている時は、欲望も湧きにくいと言えるでしょう。
自分には「不足している」「ない」と思うからこそ、「欲しい」と思う。
これを「欲望」と呼ぶ。
つまり、「ハングリー」の度合いが大きければ大きいほど
その求める欲望は大きくなる。
もし、欲望が持てないなら
もし、欲望が湧かないのなら
自分の中にきっとあるであろう「ハングリー」を探し出せば良いのではないでしょうか?
誰しも、すべてに満足している人はいないでしょうから。

日々の面談の中で、
したいことが見つからない
何をしたいのか分からない
と語るクライアントと共に「ハングリー」な部分を探しています。

シニフィアン研究所のHPも参照ください
http://signifiant-lab.com/
摂食障害・リストカットのサイトもあります
http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
トラウマのサイトはこちらです
http://signifiant-lab.com/trauma/

2017年2月17日 (金)

444) 心を豊かにする方法

整心療法研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい視点から人間の精神にアプローチする方法を研究中です。

今日は≪心を豊かにする方法≫について書きます。

心が豊かになるとは、自分と対象がナルシシズムの関係の中にいること。
このように表現できると考えます。
自分と対象の間に何も介在しないこと。
自分にとって対象が自分の思う通りになる対象であること。
つまり、対象が自分を否定しないこと。
対象が自分の理想を映す鏡の役割をしてくれる関係のことです。

対象が言葉を持っていなければ、自分を否定することはありません。
動物を飼育する人が増えているのも、その現れだといえるかもしれません。
自分を必要とし、可愛がればそれに応えてくれる 存在。
そして何より「ダメ」と言わない存在。
自然も然り。
ただ存在しているだけ。
だから心が癒されると感じるのでしょう。

心が疲れたら、自然の中に身を置いてみましょう。
そして、言葉が恋しくなったら肯定してくれる人に遇いに行きましょう。
そうすれば、心が豊かになることでしょう。

2017年1月26日 (木)

443) うつは「鏡の段階」への退行状態

整心科学研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい視点から人間の精神にアプローチする方法を研究中です。

今日は≪うつ≫について書きます。

うつは心の風邪ひきだと表現され、だれでも陥る可能性があるといわれます。
日々の生活の中での喪失体験が引き金となってうつ状態になることが多いようです。
ここでは、うつはラカンがいう「鏡の段階」へ退行した状態との観点から考えてみます。

『自我は他者のもとで構成される』

簡単にいうと、鏡に映った像を見て、「これが私だ」と知りそれを引き受ける体験。
うつという状態は、この段階へ退行し、再度「これが私だ」と自己規定しようとする試みだと捉えます。
そこへ退行するきっかけはそれまで自分を映していた鏡が無くなった時。

例えば以下のような問いに遭遇したときです。

「あなたは何者ですか?」→「私は何者だ?」
「あなたは何をしたいですか?」→「私は何をしたいんだ?」
「あなたはどう思う?」→「私はどう思っているのか?」などなど

それらに対して「分からない」「知らない」「考えても仕方ない」なども一つの答えです。
つまり、「答えの内容ではなく、何も言葉を発せなくなった時」その時が問題。
その結果動けなくなる。

このように考えると動くための道筋がみえてきます。
鏡に映し、それを自分だと言える体験をすればいい。
ただその鏡には一つ条件があります。
それは、その人が安心だと感じる鏡であること。
その鏡が見つかれば大丈夫。
必ず動き始める時が来ます。

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2017年1月 7日 (土)

442)心を癒す方法

整心科学研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい視点から人間の精神にアプローチする方法を研究中です。

今日は≪心を癒す方法≫について書きます。

心が疲れ、それが持続し、その人の限界を超えた時。
そんな時、わたしたちの体は自分を守るための機能(自己治癒力)を発動するといわれます。
その表現方法は人それぞれ、同じ人でもその状況により 変化します。
あらゆる手段を使って元の状態へと戻そうとするようです。
それが表面的に不都合なことでも、その人にとってその時その方法が最善だった。
その視点からみる時、「人は皆、自分を癒す方法を知っている」と考えられます。

では、どのようにすればよいのか。
結論からいうと、今のところ具体的な方法は解りません。
ただ、ある何かがきっかけとなって自ら癒す方法に気づき、治癒に至ることもまれではないようです。
ある何かとは、音や匂いや味、ある状況、ある言葉だったりする。
不思議なことに、本人もなぜだか解らないと言います。
それはおそらく、日々の喧噪のなかで隠されてしまっているのではないでしょうか。
それがある何かをきっかけに湧き上がってくる。

もしそれを整心療法家が意図的に用意できるとしたら、今よりもっと気楽に癒すことができるのではないか。
そのように考え、研究、トレーニングをしています。

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2016年12月20日 (火)

441)名称変更のお知らせ

整心療法研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい視点から人間の精神にアプローチする方法を研究中です。

それに伴い、ブログの名称を「シニフィアン研究所」から『整心科学研究所』に変更することにしました。
その詳しい内容に関してはまだ研究中であるなどの理由により、ここでは明記しないこととします。

これからは、その視点から気づいたことを可能な限り簡潔に書くことを心がけます。
なお、Twitterも併せてフォローしていただくとブログとの関連性がより解りやすいかと思います。
また、HPも新たに作成中ですが、それまでは従来のHPを参照ください。

Twitterは https://twitter.com/rakuhomanami 
HPは  http://signifiant-lab.com/   です。

 

2016年11月 7日 (月)

439)11月度関西出張のお知らせ

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の整心療法家、楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知り、実践したいと考えている人にとって、整心療法という対話療法は有効な方法です。

 

今日は「11月度関西出張のお知らせ」 について書きます。

* 8日(火)~10日(木) 大阪市・和歌山市

面談・精神分析活用講座・≪鏡の段階講座≫他

フリートーク(テーマ「『知る』喜びと『ワカラナイ』不安」

* 7日(月)・11日(金) 埼玉県大宮市

 

詳しくは、シニィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/ 
Twitter https://twitter.com/rakuhomanamiを参照、連絡ください。

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≪野原でセラピープロジェクト≫

従来型の精神分析に疑問を持ち、精神分析をも包括した新しい観点からの療法に出会いました。
クライアントと時空を共有することで、クライアントの心身が自ずと整っていく。
その療法を活用するために新しく『野原でセラピープロジェクト』を立ち上げ、その療法を活用する人を『整心療法家』と命名しました。
まだ、スタートしたばかりですので、詳細は追ってtwitterやHPにて掲載する予定です。

2016年9月 5日 (月)

438) 9月度関西出張のお知らせ

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

 

今日は、「9月度関西出張のお知らせ」 について書きます。

* 6日(火)~8日(木) 大阪市・和歌山市

面談・精神分析活用講座・≪人間講座-象徴界に生まれる≫他

フリートーク(テーマ「自分を好きでいる」

* 5日(月)・9日(金) 埼玉県大宮市

 

詳しくは、シニィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/ 
Twitter https://twitter.com/rakuhomanamiを参照、連絡ください。

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≪ただ何となく良くなってる気がする≫

「言葉で説明できないけど、何となく良くなってる気がする」
時折、こんな語らいを耳にする。
そんな時、少しホッとする。
刺激が強いとき、人はそれに圧倒される。
するとそれに対する反応も大きくなる。
逆に刺激が弱いとあまり気にしない。
そんな刺激が重なると、緩やかに浸透しやすい。
そして、気がつかないうちに取り込んでしまっている。
そんな時、何となく違う気がする、良くなってる気がすると表現する。

2016年8月21日 (日)

437)心の自己治癒力

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「心の自己治癒力」 について書きます。  

人間の体は「自己治癒力」と呼ぶものを持っていると言われています。
それと同じように、心にも「自己治癒力」と呼べるものを持っているようです。
では、心の自己治癒力とはどのようなものか。
自動的に作動するものか否か。
自動的ではないとすると、どうすれば作動するのか。
これらについて今の時点で考えていることを書いてみます。

なぜ心にも自己治癒力があると言えるのか。
今はクライアントを通して学んだとしかいえません。
結果的にクライアント自らが治していくのです。
もちろん、分析家は理論に基づいた姿勢でその場にいます。
でも気づき治していくのはクライアント自身なのです。
クライアントと分析家は限られた時空を共有し、クライアントが語ることで時空を変化させます。
(語るのは言葉だけではありません)
その変化を分析家が受け止める。
その時空の中での変化がクライアントの自己治癒力を作動させるきっかけとなる。
この体験が共有の時空を離れても継続しているようです。
その何らかの変化を持って次回やってくる。
そしてまた自ら新たな刺激を作動させる。
その繰り返しの中で治癒していく。

目前の苦悩は表面に現れた症状と捉え、それを裏側で支えている何かを変化させれば症状も変わる。
その観点から、クライアントと分析家の限定された時空がクライアントの心の自己治癒力を刺激するのだと考えています。

その経験が限定的であり、非日常的な時空を設定するからこそ作動させることができるのでしょう。
自らの心の自己治癒力を作動させるきっかけは、日常のあちこちに転がっているのかもしれません。
ただ、それを自己治癒力を作動させるきっかけとするためには、ある特別な刺激が必要なのかもしれません。
その刺激を精神分析家は意図的に、しかもクライアントにそれと気づかせない形で用意していると言えるでしょう。

その刺激を受けるからこそ人は自ら治癒してくのではないでしょうか。

そのようなことを日々クライアントから学んでいます。
クライアントと分析家が意図的に時空を共有する場がセラピールームなのです。

2016年8月 1日 (月)

436 )8月度関西出張のお知らせ

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「8月度関西出張のお知らせ」 について書きます。

* 2日(火)~4日(木) 大阪市・和歌山市

面談・精神分析活用講座・≪人間講座-象徴界に生まれる≫他

フリートーク(テーマは「前向きに行動する」

* 1日(月)・5日(金) 埼玉県大宮市

詳しくは、シニィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/ 
Twitter https://twitter.com/rakuhomanamiを参照、連絡ください。

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≪便乗する前に≫

様々な出来事に遭遇する時、人はそれぞれの立場や価値観から意見を持ち時には発信する。
自己主張や言論の自由の観点から、是非は問わないし問われない。
ただ、まことしやかな観点とされる意見に同調し、増幅する場合がある。
それが多数になる時、それが思いもかけない大きな力となる可能性がある。
そのことにどれだけの人が気づき、自らに問いかけているかと考えてみる。
それも一つの考え、これもそう、あれもそう。
一つの事柄も、見る方向が変われば見え方も変わることを忘れないでいたい。

2016年7月 4日 (月)

435) 7月度関西出張のお知らせ

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「7月度関西出張のお知らせ」 について書きます。

* 5日(火)~10日(日) 大阪市・和歌山市

面談・精神分析活用講座・≪人間講座-象徴界に生まれる≫他

フリートーク(テーマは「差異の認識」

* 4日(月)・11日(金)埼玉県大宮市

詳しくは、シニィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/ 
Twitter https://twitter.com/rakuhomanamiを参照、連絡ください。

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≪言葉の前に+もしくは-の符号が付いている≫

言葉そのものには、その前に+(良い)もしくは-(悪い)の符号は付いていません。
私たちは日々それらの言葉を使って意思伝達をしています。
ところが、その意味内容によって気づかないうちに+(良い)もしくは-(悪い)の符号を付けてしまっている。
その意味によって意思表示や伝達をしているつもりが、+か-の符号で判断してしまっている。

そして、他者に対してだけでなく、自分をも+か-の符号で判断している。
それによって、時には自責の念に捉われたり他者批判したりする。
それも自らそのことに気づかないまま。

そこから苦悩や争いも生じてくるのではないでしょうか。
+、-の是非ではなく、自ら意識しないうちにそれらの符号を付けて(付けられて)しまっていることに気づくことが大切だと考えます。

気付いたなら、不必要な自責や他責は激減し、新たな何かが見えてくるのではないでしょうか。


2016年6月27日 (月)

434) 比べない・評価しない・裁かない

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「比べない・評価しない・裁かない」 について書きます。

家庭や社会の中での対人関係や、子どもや人を育てる上で大切な姿勢について考えてみます。
相手のためを思ってとの言葉とともに、陥りがちな三つのことについて書いてみます。

1. 比べる

一番やりがちなことでしょう。
家庭内では兄弟姉妹間、親戚や近所の同世代の人との比較。
社会では、同僚や会社、組織内での比較。
他には、過去の自分と今の自分、理想と現実、何らかの教義や主義主張と自分なども含みます。

2. 評価する

学校や社会ではこれを中心に決定されることが多いかもしれません。
比べた後には必ずと言っていいほど評価をしてしまいがちです。

3. 裁く

比べ、評価し、そして最後に裁くと続きます。
結果、「だからダメだ」と否定して(されて)終了となります。

「比べる」「評価する」「裁く」
これらの言語自体に良い(+)悪い(-)はついていません。
ただ多くの場合、これらの言語の前に(-)の符号をつけて使いがちではないでしょうか。
ですから、どうしても否定的な響きをより強く抱いてしまいます。
そして、最後は自他ともに「ダメだ」に辿りついてしまいます。

以上のことから、対人関係などにおいて自他ともに育てるために必要な姿勢がみえてきます。
まずは、
「比べない・評価しない・裁かない」

これらの連鎖をしない方法はまず「誰とも、何とも比べないことだ」と考えます。

人は比べたら評価したくなるし、評価したら善悪をつけて裁きたくなるものです。
だとしたら比べないのが一番。
そこにあるのは「差異」それだけではないでしょうか。

シニフィアン研究所ではこの観点から分析、レクチャーをしています。

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